短編集

□♪今宵月の見えぬ俺達
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最初に言っておくが、この物語は預言に支配されし者達から続くが、番外編みたいなものだからな。


"ねえアッシュ。明日の一年が明ける時にボクたちだけで祝杯をあげようか。場所はケセドニアの酒場でね。たまにはこういうのもいいかなって。別に強制はしないよ"
シンクがこんな事を書くなんてな。何か隠してるな。そんな事を考えているうちに俺はケセドニアに足を運んでいた。
「どうして急に酒を?」
俺はまだ十八だしな。
「別にいいのさ。それと今夜の月齢知ってる?」
「0,00。完全な新月だろ」
「ボクたち闇に生きる外れ者には良い日でしょ?」
俺も一度は外れ者だったからな。
「ははっ。確かにな」
「ザオ遺跡に魔物大量発生の事件は知ってるよね」
「ああ」
「ボクは討伐をやりに行くんだ」
依頼でもされたのか?いや、こいつならそんな依頼なんて一蹴しそうだが。
「急にどうした」
「外れ者、レプリカ、棄てられた存在、道具、いいように扱われた者の最期の生き方さ」
「だから今夜俺に」
「二十歳になるまでに酒を飲めず死ぬなんて不幸だって聞いてね。こんな話しができるのなんてアッシュしかいないのさ。ボクには」
確かにそんな話を俺も聞いた事はある。
「俺はまだ子供だぞ」
「あははは。可笑しいね。別にいいんだよ。アッシュは飲まなくても。死ぬのはボク一人だから」
「いや、俺もあと二年で大人だ。酒の味も慣れたい」
全く。素直になれないのが俺なんだが。
「アッシュ、ありがとう。良い思い出が作れるよ」
「必ず生きて帰ってこいよ。生きて帰ってきて、また共に杯を上げよう」
またこのケセドニアでまたこの同じ酒で。俺は暗月を持ちながらシンクを見送った。
「じゃあ。行ってくる。今日はありがとう。ボクは闇夜に紛れる事にするよ」
シンクはよく振り向いた。あいつの中で俺をどう思っているのか知りたい。俺はバチカルに帰ろうとしたが、これでいいのか?魔物を倒す。共に逝く。あいつ一人だけじゃ寂しいんじゃないのか?俺は酒場にもう一度入った。
「おや?さっきの連れの方。どうしました?」
「返す」
「は?」
「これを返しておく。もし俺と俺の友が帰ってきた時のためにとっておいてくれ」
マスターに俺はそんな事を言っていた。
「もし帰って来なかった場合は…」
「一週間の間には戻る。それまでに戻らなかったらそれは処理して構わない」
「わかりました。お二人の帰還を待っています」
そんな日が来るか!と俺は思い、酒場を出た。シンクの姿はもうなく、夜の風が俺の体を震わせた。
「世話のかかる奴だな」
俺はシンクを追いかけるべく、夜に煌めくケセドニアをあとにした。それから夜の砂漠に立ち塞がる魔物や盗賊を片っ端から叩き潰した。
「お前らなんかに付き合ってられるか!」
盗賊の最期を見ず俺はザオ遺跡に走った。だがやけに盗賊の数が多かったな。遺跡の中は冷たい風が入り込み、魔物の死骸が大量に転がっていた。恐らくはシンクが殺ったんだろうな。さらに進むとイオンにダアト式封咒を解かせた扉が見える。あれから一年近くか。懐かしいな。で、やっぱりお出ましか。遺跡の守り手ティランピオン。相変わらず気持ちの悪い奴だ。
「砕け散れ!絞牙鳴衝斬!」
剣先を地面に突き刺して下から奴に超振動を加えてやった。もがき苦しむような声を上げて倒れた。
「どこまで行ったんだ。シンク」
そんな事を呟き、俺は先へ進んだ。魔物の姿は一体も見かけなかったがパッセージリングが見える長い通路で暗い通路を見た。
「あそこか!」
俺は急いで駆け降りた。パッセージリングの側で神託の盾の声を聞いた。
「覚悟!」
何かが切れる音、その後に、
「双撞掌底破!」
シンクの声か。壁に人がぶつかる音。
「許さないよ。双破掌底撃!」さらにおかしな音が聞こえ、俺は階段を降りた。
「全てを灰塵と化す焔を宿せ」
シンクの膝をつく姿が見えた。覚悟しな。
「エクスプロード」
驚いたようにシンクが俺を見る。全く。
「一人で無茶をするな」
「なんで来たのさ」
「お前一人じゃ荷が重すぎるだろ?」
「死ぬかもよ?」
馬鹿な事だな。
「ファブレ子爵はルークだ。俺じゃない」
「いくよ」
「ああ」
俺がシンクと共に背中を合わせて戦うのはもう終わりになりそうだな。俺とシンクは戦い続け、いつの間にか敵はいなかった。強くなったな。シンク。
「終わりだな」
「もういないかな?」
気を抜いた瞬間だった。
「生き埋もれてしまえ!」
神託の盾が渾身の譜術を発動させた。生き埋めにするつもりか!
「しまった!」
「まずい!」
シンクも俺も神託の盾の息の根を完全に止めたが遅かった。だが今からなら間に合うか!
「おいシンク!脱出するぞ!」
「もう無理さ」
死ぬのか?シンクは。
「諦めるのか?」
「ザオ遺跡はいつ壊れたっておかしくない。何かの事故って事で終わらされる。どうせ外れ者は生きていく権利はないんだ。アッシュ一人で脱出したら?」
俺一人で?だったら何のために俺はここに来た。
「一緒に死んでやる」
「何言ってるのさ。あんたはここから出て王女とキムラスカを変えるんだ」
馬鹿が!友を見殺しにしてキムラスカを変えるだと!?俺にはそんな行為は耐えられない。
「かけがえもない友を失ってまで変える国はない」
「ボクが友?」
「そうだ。シンクは俺の友だ。一緒にケセドニアで酒を飲み交わし、背中を預けて共に戦った一生忘れられない友さ」
「なら最期に」
シンクはパッセージリングの側から瓶を二つ持ってきた。酒、か?
「こんな時まで」
「飲み交わそうよ。ボクたちに合った最初で最期の最高の酒を」
そうだな。最期に。お前と飲み交わそう。
「暗月、確かに俺たちの最高の酒だな」
俺たちは崩れ落ちていく中で酒を飲んだ。俺たちにとって最高の酒、暗月を。砂が酒の中に入り、俺とシンクを埋めた。もう体は動かない。恐らく死んだのだろうな。うまかった。あの時のシンクは確かに笑っていた。どんな気持ちだったのか俺にはわからない。俺は笑い返せたのだろうか。今さら後悔しても遅い。だが、この言葉は最期にお前に送っておく。

すまない

お前はいつだって俺のかけがえのない友だった

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