短編集

□☆明日を照らす陽
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あの日、マルクト帝国が落ちて半年の年月が流れた。


「おはよう兄さん」
窓辺に置かれたベッドの上、上体を起こしながら真白の雪が積もる街並みを見ていれば、部屋に入ってきた彼女がそう声をかけてきた。そちらを見て微笑めば彼女はベッドへ近付いて椅子に腰かけた。
「今日はね、晴れてるの。いい事あるかしら?」
雪国であるこのケテルブルクはダアトの導師の計らいでマルクト領からダアト領扱いとなり一つの国としてしっかりした扱いを受けている。
この白に包まれた故郷は皇帝を守れなかった私を迎え入れてくれた。
おめおめと逃げ帰ったこの私を…。
知事である彼女、妹のネフリーは重症だった私をこうして看病してくれる。
あの日、決して晴れる事のない心を少しでも晴らす為に私は宮殿に足を踏み入れたかつての仲間を手にかけようとした。間一髪で彼らにそれを阻止され、それでも抑える事の出来ない殺戮意思は譜術となり爆発した。グランコクマの宮殿を彼らも、私もろとも吹き飛ばし、そして私はここで拾われた。彼らの安否など特に気にしてはいない。けれど…。
「よっ」
軽快な挨拶で登場したのは私と同じグランコクマの生き残り。
「ガイさん」
すっかり馴染みとなった彼を見るなりネフリーは立ち上がり、ガイを椅子へ座るよう促した。お茶を用意しますねと言うなり退室したネフリーの代わりにガイが椅子に座った。そんなガイへ目をやれば彼はとても済まなさそうに肩を落としてしまう。
「やっぱり見つからないんだ。明日にはルグニカ平野の方に行ってくるよ」
ごめん、と続けられて、私はそんな彼の肩へ手を置いた。首を横に振り、ネフリーに見せたように微笑む。
「ジェイド、やっぱり戻らないな」
ガイは慈しむようともとれる柔らかい動作で私の首へ手を添えて呟く。そう、あの譜術による怪我が原因か、“彼”を亡くしたショックが原因かはわかっていないが、ここのベッドで目を覚ました私は…
声を失った。
声帯を壊してしまったようで、原因がわからず治る見込みもない。思ってしまったのかもしれない。
呼び掛けても声が返らないのなら、声など必要ではないと。
首へ伸びている手へ自分の手を添えれば、ガイは手を引いた。
「明日、必ず見つけてくるから」
見つける。ガイが探しているのは、“彼”――…。
あの大爆発で“彼”も何処かへ飛んでしまった。
キムラスカにはいないという。

貴方は、私の傍にいる事も嫌だったのですか…。ピオニー……。
貴方を守れなかった私の傍には居たくないと。

会いたい。
例え変わり果てた姿であろうと。

会いたい。
皇帝という仕えるべき相手でなかろうと。

会いたい。
ただ、私の全てである貴方に―…!

ガイはネフリーに呼ばれ部屋を出ていった。静かな一室。私はまた視線を窓の外へ移す。
年中雪が降り続けるこのケテルブルクには珍しい晴れの日。
『ジェイド』
こうした晴れの日。決まって貴方は上機嫌で。サフィールを連れて家まで押し掛けてきて、私とネフリーを連れ出して街へ繰り出す。晴れの日は必ずいい事が起こるから、と。
『すげーぞ、ジェイド!サフィールが!』
些細な事しか起きなくてもいい事だと笑っていた。
『晴れの日は街を出ないとつまらないぜ。行こう、ジェイド』
そう言って引き込もって学門書を読んでいた私を外へと連れ出してくれた。
『太陽の陽って綺麗だよな。雪に反射してキラキラしてる』
眩しそうにその光景を見ていた。けれど私には、そんな貴方の方が太陽の様で眩しかった。

    ピオニー

言葉を発したら貴方は戻ってくるでしょうか?
名前を呼べば貴方は振り返るでしょうか…。
昔、皆で集まったあの丘へ行けばいい事が起こるでしょうか…?

治りきらない傷の痛む体にむちを打ち、雪国を歩くにそぐわぬ軽装で、ネフリーやガイの呼び掛けも聞かず、ただひたすら走る。
かつて幼い私達が大人の目を盗み集まった場所へ。太陽を見たい一心で。

走り着いた丘は数十年前と変わらない光景を見せた。街も、平原も、山も、一面真っ白の銀世界。太陽の光が辺りを照らしキラキラと輝いている。
けれど、あの時この光景より眩しかったものはいない。隣で笑っていた太陽はいない。

    ピオニー

呼べば現れてくれるだろうか。
世界を照らしてくれるだろうか。
声を発する事が出来ないのはわかっている。しかし叫ぼうともがく。喉に酷い痛みを感じようと、噎せ返る程苦しかろうと。


結局は無駄だった。
罪深い私がどれだけ望もうとやはりいい事など起きる筈はなく。
訪れた光の無い虚無の世界は変わらず、私を包む。
心には憎しみ、怒り、哀しみ、絶望、殺意。
―ああ、この白の世界で私はどれだけ黒いのだろう。
私は必要なのだろうか。
生きろという貴方の言葉は罰だったのだろうか。

「ジェイド!」
呼び掛けられた方を振り返れば息を切らしたガイが駆けてきた。何も言わずに来たから、か。だが不意に彼はぴたりと動きを止めた。
「嘘、だろ…」
信じられないものを見たような顔でこちらを見ている。否、それは私より後方を指していた。
ガイにつられるように後ろを見れば―…。
遠目にわかるキラキラ光る金の髪。左の髪には一房を束ねる青の髪飾り。見馴れた、姿が歩いてくる。
「……!」
呼び掛けたいのに声が出ない。張り裂ける程に力を入れれば口内に血の味がする。本当に裂けたのかもしれない。
「ジェイド!!」
貴方であるとも限らないのに、駆け出した足は止まらず。制止を呼び掛けているのであろうガイの言葉も耳に入れず。ただ走る。近付けば近付く程、貴方そのもので。微笑みながら広げられた腕の中へ飛び付いた。
「ジェイド…」
柔らかく呼び掛ける声も、荒れた時に落ち着かせてくれる髪を梳く手も、何もかもが貴方だった。
「ただいま、ジェイド」
おかえりなさい、そう言いたいのに言葉を紡げない喉が忌々しい。
「…陛下」
正気に返ったのだろうガイが後方から呼び掛ける。
「ガイラルディア」
「陛下、なんですね」
私の代わりに言葉を掛けるガイ。
「レプリカなんて模造品ってオチじゃないぜ?俺だ。済まなかったな、ガイラルディア、ジェイド」
何故生きていたなんて尋ねる必要もなくて、紛れもなく私の世界を照らす太陽だと確信でき、あの時とは違い嬉しいという感情で、涙を流す。
「泣くなよ、ジェイド」
「……す」
いつものように受け答えをしようとすれば掠れた声が上がった。
「ジェイド、あんた声…」
驚いたガイの声。しかし一番驚いているのは自分で。
「声?どうした、何があった」
帰ってきたばかりにも関わらず焦った様子の貴方がおかしくて、私は微笑みかけた。
「な、んでも、ありません。…おかえりなさい、ピオニー」
きっと今までで一番穏やかな笑顔だっただろう。私がそう言えば、今度は貴方が泣きそうな顔で抱き付いてきた。
「ただいま…、ただいま!」

それからネフリーの家まで帰って…、彼女もピオニーの生還に驚いていたけれど、その後直ぐに私は説教された。
結局、一度心配停止状態に陥ったピオニーがどうやって息を取り戻したのかは本人にもよく分からないらしい。けれど背中に残る無数の傷痕はあの時のもので、私の罪の形だけれど本当のピオニーが帰ってきたのだと安心できた。
虚無の世界に射し込んだ一筋の光。それは一瞬の内に全てを照らす光になった。
二度と過ちは犯さない。
太陽を失いはしない。
貴方が私の道を照らしてくれる限り、私は限り無く強く、生きていける――。



【私の全ては貴方と共に】





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