短編集

□☆虚無の世界
1ページ/1ページ


  【お前は生きろ】

本来生きねばならないのは皇帝たる貴方で―…
そこに立っているべきなのは家臣である私で―…

和平条約など所詮は薄っぺらいものなのだと、思い知らされた。

「マルクトは落ちたぞ!皇帝を討ち取った!」
「キムラスカ万歳!!」
本来、清々しい滝の音が響くこの謁見の間には、似つかわしくない罵声が響き。出された名も、似つかわしいものではなかった。
けれど、背に幾本も無骨な剣を刺され正面から私に体を預けるこの人は、確かにこのマルクト帝国の皇帝で―。
私の主君で―…。
私の――…全てだった。
「死霊使いを庇うとは何を考えているのやら!」
「何処が賢帝だ!!」
庇う。そう、この人は私を庇ったのだ。ここまで攻め込まれて、懐刀として、皇帝を守る最後の砦として、敵兵と戦っていた私を庇った。本来なら私が身を挺して貴方を庇わなければならないのに。
本来、本来…?
ああ、そうか[本来]ここにあってはならないものを消さなくては…。この方の国に赤い軍は要らない。
ほら、指先一つ、[神の雷]で赤い軍は消えた。
「全滅、しましたよ。陛下」
死体だらけの謁見の間の中心。呼び掛けても腕の中の太陽は、この国の主張のような蒼い瞳を開かない。
「陛下…、陛下……」
いつも煩いくらいに私の名を呼ぶのに。返事はきちんと返せと仰るのに。
「何故、何故私を庇ったのです!」
どれ程叫ぼうが貴方は目を開く事はなく、…鼓動も動きはしなかった。
「どうして…、勝手じゃないですか…」
私に世界を教えた。
私にあらゆる事を教えた。

貴方は私の全てになった。

貴方の為の剣になり、貴方の為の盾となる事を望み、結果は何の役にも立ちはしなかった。
私の存在意義だったのに。貴方を失った私はどうすればいいのですか。
(お前は生きろ、ジェイド)
最期の言葉。お前[は]と言った貴方。もう帰らないのだと実感させられて…。
大切なものを[失った]と理解して…。
初めて涙を零した。
「ピオニー…!」

お前が居なくなって、私に残ったのは殺戮本能と圧倒的な虚無感。
「ピオニー。私は復讐なんてもの、向かない質ですけどね」
外から響く足音。近付くそれは聞き覚えのあるもの。口元に笑みを浮かべ、それでも決して感情があるわけでない顔を扉へと向ける。
「出来ないわけではないのですよ」
開かれる扉。
「何て事ですの…」
「間に合わなかった!」
この惨状を見て絶句する金と赤の2人は良く知った[キムラスカ人]。
「…ピオニー、まずは手始めに、ね?」
安否を問いながら向かってくる[かつて]仲間だった王族2人。腕に抱くピオニーの体に隠した右腕は、血を求めるように輝いていた。

この太陽を失った『虚無』の世界で私は『殺戮』を繰り返す。それは逆に殺してくれる誰かを、ピオニーの元へ行かせてくれる誰かを、探しているのかもしれない。


  【お前は生きろ】


この言葉が私を縛り続ける





[
戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ