短編集

□☆幸せの形
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シルフリデーカン・ローレライ・22の日。

水上都市グランコクマ
雲一つない青空。楽しげな鳥の囀り。平和を感じさせる街中に広がる水音。よい日なのだろう。…私を除いて。
「カーティス大佐!」
来た。
「お誕生日おめでとうございます」
この言葉。適当に相槌を打って返す。私はこの日が嫌いだ。罪深い私がこの世に生まれ落ちた日。いつだって叶うなら私は三十何年前のこの日に生を受けた私を殺してしまいたい。
――一度犯した罪は赦されはしないのだけれど。
「誕生日おめでとう」
毎年この言葉を聞く度に罪を、愚かさを眼前に晒け出される。認めたくない過ちの数々。フォミクリーを始めとした負のループ。私さえ生まれなければ、苦しまずに済んだ者もいた筈、死なずに済んだ者も失わずに済んだ者も。私さえ……。
「どうしました、大佐?体調でも悪いのですか?」
執務室では報告に来た兵が口々に言う。
「いや、なんでもない。気にするな」
私を気にかける事などないというのに。この日、ただこのシルフリデーカン・ローレライ・22の日だけは罪を背負い生きていこうと決めた私を弱くする。いや、常に脆いのかもしれない。だから特定の日に不覚にも自分を殺してしまいそうになるのだろう。
「はぁ…、どうして今日に限ってガイは来ないのでしょう」
いつもはいきなり現れて騒がしくもしないが静かにもしない、適度な空間を保ってくれる仲間。それが今日に限って現れない。天気がいいから大方、陛下のブウサギに振り回されているのだろうな。
「大佐、今日はいかがなされますか」
仕事に没頭していたのだろう。宿の話をしてくる兵士に声をかけられ、漸く覚醒した。いつの間にか手元の書類はほとんどなかった。一心不乱に捌いていたようだ、また後で頭に入れなければ。しかしここ数日は執務室で寝泊まりを続けていたからか、さすがの私もしっかりしたベッドが恋しい。最早、執務室のソファーに体が慣れ親しんでいるような気もするのだが。
「今日は自宅へ戻る。埃被っているからと言って、カーティスの屋敷を陛下に肝試しの会場にされては敵わない」
「はっ」
就業時間も近い。丁度、後二、三枚の書類で今日の仕事も終わる。憂鬱な日も後少しで終わるのだ。早くに仕事を片付けて執務室を整理し、軍基地を出る。『誕生日プレゼント』という名目で押し付けられた物達を部下へ配る事も忘れない。そもそも私には必要のない物なのだから仕方がない。有効活用してくれるところへ行くべきだろう。
「大佐、陛下からです」
宮殿前の庭を通過しようとすれば宮殿内の警備に当たっている兵の一人に呼び止められた。早く帰って軽くアルコールを摂って眠ってしまいたかったのだが聞き逃せない単語の一つに足を止める。
「陛下から?なんだ、任務か」
「いえ、書状のようです。ただ」
「ただ?」
「本日22時30分に開けるようにと言付かっています」
「わかった」
手渡された陛下らしい大雑把に封のされた書状を受け取り、帰路へとつく。陛下も飽きないものだ。いつもいつもこれで私室へと呼び出してくる。確か三年前は
「飛びっきりの鮭が手に入ったんだぜ」
だった。二年前は
「俺の手作り豆腐だ、有り難く受け取れ」
で、去年は
「去年はグランコクマに居なかったんでしたか。やたらとバタバタしていて」
そういえば文句を言われた覚えがある。お前を祝うのが俺の楽しみなんだ、それを俺から奪うとは何事か、と。随分自分勝手だが、私はそれに救われている。陛下が、ピオニーがいるから今の私がいる。咎人である私が存在するのは、あの人がそう望んでくれるから、だからこの忌むべき日も越えられる。生きていていいのだと思わせてくれる。ピオニーの事を考えれば沈んだ気持ちも少し浮上した。そのまま屋敷へと戻る。
「……?」
特に使用人は雇っていない自宅に人の気配を感じる。右手からはいつでも槍を出せるよう戦闘体勢を取り、扉へ手をかける。そのまま、勢い良く押せば、パンパンと目の前で何かが弾ける音がする。それがクラッカーで、居たのが彼らだと認識したのは声をかけられてからだった。
「ジェイド!!」
「誕生日おめでとう!!」
そこにいたのはかつての仲間達。
「ルーク、ナタリアまで?」
「おかえりなさーい」
「勝手にキッチン使わせてもらったぜ?」
「アニス、ガイ…」
「ごめんなさい、迷惑でしたか?」
「ティア」
かつての、仲間達がそこにいた。…赤い髪のあの子も。
「貴方達が何故ここに?」
玄関先で立ち話も、と思い屋敷のリビングへと足を伸ばす。中へ入れば豪華な食事が並べられていた。
「今日はジェイドの誕生日だろ。お祝いに来たんだ」
無邪気に笑う、私の罪の形。私の生んだ、愚かな技術の犠牲者。
「馬鹿ですね、そんな事の為にわざわざこんな所まで」
本当に。正直に言えば、ルークには会いたくなかった。フォミクリーで生まれた少年。望まれなかった生を受け、利用されて街一つを消す大罪を犯し、挙げ句世界の為に命を捧げた悲運な少年。私がいなければそんな理不尽な生を受けずに済んだ筈だ。
「馬鹿はないですよ〜。みんな大佐に会えてよかったと思ってるからお祝いに来たんじゃないですか〜」
頬を膨らませながらアニスが言った。彼女もまた、レプリカという存在に苦しめられていたのに。
「私にですか、初耳ですねぇ。全員私に苛められて大変だったのでは?」
そういえば周りは口々に文句をいう。気を悪くして帰ってくれて構わないのだ。レプリカルーク、イオンレプリカと関わったアニス、フォミクリーで故郷を失ったガイとティア、レプリカルークが生まれ、最愛の人を失ったナタリア。何故私に会ってよかったなどと言える?憎めばいい。憎んで憎んで見棄てて、消えてしまえばいいと言ってくれれば…。少しは私も楽になれるのに。
「ジェイド。生まれてくれてありがとう」
不意に聞こえた馴染みのない言葉。彼を振り返った私は有り得ない程間の抜けた顔をしていたのではないだろうか。
「は…?何を」
「俺は俺が生まれてきてよかったと思うんだ。ガイに、ティアに、ジェイドに、ナタリアに、アニスに会えた。他にもいろんな人に会えた。今もこうしてみんなと楽しく生きてる。それはフォミクリーを作ったジェイドのおかげだ」
とても綺麗な笑顔だった。私にはできない、とても眩しくて眩しすぎる。
「あたしもイオン様に会えてよかったって今なら思うんです。それは大佐のおかげだし、だから凄く大佐に感謝してるんですよ」
「アニス」
駄目だ。きっと私はこの子達の言葉に流されてしまう。赦されていいのだと思えてしまう。
「私は…必要のない存在なのです」
「それは違うぜ。結局あんたはここにいるんだ、なら生まれ云々言ったって仕方ないだろ。少なくとも今の世の中を見りゃあんたは必要な存在だ」
現実的なガイらしい考え方だ。いつもの私なら納得したかもしれない。だけど今の私には納得してそれで前へ進める程の力はないんです。いつだって毎年この日の魔力には勝てない。
「わかっています、しかし私がいなければ世の中はもっといい方向へ変わっていたかもしれない」
「けれど、私達は貴方に会えてよかったと思えました。それだけでいいでしょう?」
ナタリア、私は貴女の大切な人の命を奪う技術を作り出したのですよ?何故です、何故貴方達は…。
「大佐、来年も再来年もお祝いしましょう。私達は貴方の生に感謝しているんです。貴方が今日を嫌いでも私達は今日という日に感謝します」
赦されたいと願い、赦される事を拒絶し、責められる事を恐れ、責められない事が苦しかった。そしてこの子達も私を責めない。赦すという。いいのだろうか。私は…私は……。
「赦されていいのですか。この日を、私を恨まなくていいのですか…?」
あの人のように赦してくれるんですか。
「当たり前だろ」
「ほんとですよ〜♪」
「旦那らしくないなぁ」
「とにかく夕食にしましょう」
「冷えてしまっては台無しですもの」
ぱたぱたと夕食の最終準備にかかる五人。そうか、当たり前、なのか。
「まさか、ナタリアとルークは作ってませんよねぇ?」
いつも通りに軽口を叩いてやれば、二人はむくれて怒ってきた。そういえばいつの間にかあの時間。書状を開けば内容は
[どうだ?今年の誕生日は。俺は仕事が忙しいから構ってやれないが、そいつらならいいだろう?ちなみにプレゼントの一貫として、し・ご・とは俺がやっとくからお前は明日休みな、思う存分楽しめ。皇帝勅命! ピオニー]
「ピオニーらしい…もとは貴方の仕事ですよ」
「おーい、ジェイド!用意できたぞ〜!!主役がいなくてどうするんだ」
「はい、今行きます」
認められるという事が赦される事ではないけれど、少なくとも私の存在を望んでくれる人達がいるのならばその人達の為に生きよう。来年も、再来年もこうして私の為に集まってくれるのならこの日を少しは好きになれそうだ。この日、皆が笑ってくれる、それだけで私も幸せだと思えるのだ。
いつの日か、シルフリデーカン・ローレライ・22の日、11月22日の金曜日が一番幸せだと思える日が来るだろうか。

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