新帝国建立祭

□命懸けの鬼ごっこ
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昼の執務の休憩時間。ピオニーはいつも通り私室を抜け出して、ジェイドの執務室に寛ぎに来ていた。いつの間にか、昼の時間を共有する事が日課になっていた二人には、当たり前の常と変わらない時間。ソファーに腰掛けて、ジェイドは読書に耽り、ピオニーは傍らでそんなジェイドの髪を梳いたりと、緩やかな流れを楽しんでいる。普段ならば、そうしていた後にぽつぽつと会話をして、時間が来たら互いに執務に戻る、筈だった。今日に限ってそうならなかったのは、ピオニーのある行動が原因だった。
「ジェイド」
「はい、なんでしょう?」
髪を梳かれる擽ったさに笑いを零しながら、尋ねる。
「その眼鏡ってさ、響律符-キャパシティコア-ってわけじゃないんだろ?」
そのピオニーの唐突な質問には、さすがのジェイドも驚いた。読んでいた本を閉じるとピオニーの方へ顔を向ける。
「まさか貴方からそんな事を聞かれるとは…。ええ、確かにこれは譜業の一種ですが、響律符ではありません」
眼鏡の縁に指を滑らせながらそう説明するジェイドに、相槌をうちながら、ピオニーは更に疑問をぶつける。
「で、すっげぇ精密な音機関で二つとない代物なんだろ?」
「……認めたくはないですが、そうですね。譜業博士と呼ばれる男が造ったものですから」
そう言い、ジェイドが半ば忌々しげに顔を逸らした瞬間だった。ピオニーが意味ありげに、ニヤリと笑ったのは。
「ジェイド…」
耳に響くのはやたらと低い声。いつもの軽い口調でないだけに抗う事はできずに、ゆっくりとそちらへ顔が向く。
「陛下…?」
自分の頬へ手を添えて、じっと見つめてくる青の瞳に、僅かな動揺を隠せず尋ねればピオニーは緩やかな動きで顔を近づける。その突拍子もない行動に、ジェイドが咎めるよう声をあげようとした瞬間。
「いただきっ」
「なっ…」
ひょい、と手慣れた動作で眼鏡が取り上げられた。一瞬何が起こったのか、と思考が鈍っていたその隙に、ピオニーは取り上げた眼鏡を後方へ投げ飛ばしたのだ。何をする、と声をあげるが早いか宙を飛んだ眼鏡は、いつの間にそこにいたのか、扉の側に立っていたガイの手中へ落ちた。
「……」
「………」
僅かな静止。それからすぐに動いたのはジェイドだった。
「ガ…、ガイ!返しなさい!」
ジェイドはガイが音機関に目がない事を知っている。そして、恐らくガイの手に渡ったが最後、原形を止めて帰る事はないと危惧していた。だから旅の時も、なんとかガイにだけは渡さないよう細心の注意を払っていたのだ。なのに、この状況。ジェイドが取り返すべく立ち上がれば、即座にピオニーがジェイドの両肩に手を置き、再びソファーに沈める。
「わっ!?」
「悪いジェイド、ガイラルディアの為だ。犠牲になってくれ!」
ピオニーは一息で言い切ると、後方のガイへ声を飛ばす。
「行け、ガイラルディア!」
「は、はい!ありがとうございます!悪い、旦那!」
「あ、待ちなさ…」
ピオニーに頭を下げていくガイだったが、その表情は間違いなく音機関狂いの顔だった。追いかけようとするジェイドだが、腕力で言えば自分より上のピオニーに抑え込まれていては身動き一つとれない。
「ちょ…、陛下!貴方知っていて…」
「いやぁ、常日頃自分の世話をしてくれる部下に褒美をと思ってな」
バタバタと暴れながら窺えたピオニーの顔にはでかでかと『面白そうだから』と書いてあるような気がして、ぷつりとジェイドの中で何かが音をたてて切れる。
「………」
「おーい、ジェイド?」
急にピタッと抵抗のなくなったジェイドを不信に思い、ピオニーが顔を覗き込めば、伏せ気味でよく見えなかった口元が笑んでいる。
「…七光の輝きをもちて…」
「こら、ジェイド!!」
ぶつぶつと聞こえるのが詠唱だと理解したピオニーは、この色々と不味い状態での譜術発動を恐れ、声高らかに言い放つ。
「ジェイド・カーティス!制御装置のないままの詠唱は禁ず!皇帝勅命!」
「…っ、卑怯です…!」
勅命とあらば守ってしまうのがジェイド。危機的状況でもなんと律儀なものか。苦しげに呟いて今度こそ俯いてしまったジェイドを宥めるように、ピオニーが気を抜き、頭へ手を伸ばす。
「…この…馬鹿皇帝っ!!」
「ぐはッ!!」
隙ができた瞬間にジェイドの拳が、ピオニーの腹に入った。それは…もう…見事としか言えない程綺麗に。腹を抱えて背を丸めるピオニーの手から逃れたジェイドは、立ち上がるとその姿を冷めた視線で一瞥する。
「暫くおとなしくしていなさい、薄情者」
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