廻る魂達の重奏曲2

□☆旋律に乗せる願い
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だがティア自身はどこか納得できないのか、控えめに、けれど足を止めてもらえる程に声をあげた。
「あの…!」
「ティア」
しかしティアがそれより先の言葉を繋げるよりも早く、足を止めたジェイドが振り返る事なく強い口調で声を遮った。
「何も言わなくていいですよ。同情でかけられる言葉程、虫酸が走るものはありません」
柔らかだった声が一気に冷え、顔だけ振り向いて見せたジェイドの目は全く、それはもう欠片程も笑っていなかった。ティアはその表情に全身を硬直させた。絶対の拒絶、深い絶望、その他多くの負の感情が、声と目から窺えてしまったのだから。それでもティアは震える拳を握り直すとジェイドの前へ回り込むように大股で移動した。
「違います」
正面に立ち、真っ向から凛とした表情を向けるティアはあっさりとジェイドの言葉に否定を示した。向けられる眼差しと自信を損なわない強気な声とピンと伸ばされた背筋――…今のティアに昔の姿を重ね、ジェイドは一瞬だけ目を見張ると真剣に向き合う事にした。
「同情ではありません。私は、『大佐』に幸せに笑っていてほしいんです。その為に協力できる事はしたい」
「それは何故?今の貴女と私は関係ないですし、昔の事なら尚更、そう思われる理由はない」
ティアの言っている事の意味がわからないわけではない。ただ彼女が自分を気にかけてくる理由がジェイドには理解できなかった。だからあくまでも他人のような態度は崩せない。そんなジェイドから逃げる為ではなく一度俯くと、ティアはぎゅっと自分の腕を握ると声を絞り出した。
「そうですね。大佐には関係ないです。私の自己満足と言われてしまえばそれで終わりだから」
それからそう言いながら顔をあげたティアは校舎を見上げた。
「大佐だけじゃないんです。私は、アニスにもアッシュにも、他の六神将と呼ばれたひとたちにも笑顔でいてほしい。……軍人として、感情もひとも殺さなければいけなかった時代ではないから。そうしてでないと生きられなかったひとたちに、ただ幸せになってほしくて…」
軍人とは何か、軍人であるならばと、常に自分を律し、生きていたティアだからこその願いに、ジェイドは漸く張り付けていた冷めた笑顔を外した。
「あの…おかしいと思いますか?やっぱり、迷惑ですか?」
校舎から視線を外したティアは、親に同意を求める子供のように頼りなさげに瞳を揺らしてジェイドを見上げた。
「ふふ…」
必死に訴えかけるティアにジェイドは悪いなと思いつつ、それでも小さく笑い声をあげた。
「笑わなくてもいいじゃないですか!」
むっと頬を僅かに膨らませて怒る姿に、ジェイドは笑う事をやめないまま、すみませんと謝罪を述べる。しかしティアは様子を変える事のないまま小さなため息を零した。
「…兄さ…、父さんも笑うし、私、おかしな事言っているのかしら」
「違いますよ」
すっかり不貞腐れてしまったティアに近づくと、ジェイドは身を屈めて、もう一度頭を撫でる。
「ヴァンも、嬉しいのではないですか?今、ティアは昔では出せなかった素の優しさを出して生活している。みんなの幸せを望む、貴女の願いが嬉しかったのですよ」
そうして微笑を浮かべるジェイドにティアは目を瞬かせ、半歩進んだ。
「大佐も…そう思ってくれますか?」
「ええ。……私は勘違いして貴女の気持ちを踏みにじってしまっていたようですね。すみません」
ひとの同情を嫌い、他人と関わり合わないようにしてきたが為に、少女の願いを軽く払おうとしていた。ひとに自分を知られたくないからこそ、ひとを知ろうともしなかった自分の浅はかさが、ティアを傷つけたのではないかと思い、改めて謝罪を述べたのだが、ティアは首を左右に振った。
「私もごめんなさい。みんな、知られたくない事を持っているって知っていたのに、そこに踏み入るような事をしてしまいました」
丁寧に腰を折ったティアの言葉はどこか悲しげで、ジェイドはティアと同年代の転校生を思い浮かべた。あちこちで迫害染みた扱いを受け、ひとつの場所に留まる事のできなかった半獣の少年。だがジェイドは何も言おうとはしなかった。それこそ、自分が口を出すべき問題ではないと知っているからこそ。
「さあ、ティア。もう謝罪はお互いになしです。いつまでも貴女にそんな暗い顔をさせていては、私がルークやヴァン『先生』にどやされてしまいますから」
ね?と明るい口調で促せば、ティアは顔をあげて花のように微笑んだ。
「はい!」
「ではそろそろ戻りましょうか。お昼も過ぎてしまいますし」
言いつつ手にした懐中時計を開くとティアに見せた。そうするとティアは何かを思い出したのか、あ!と大きく声をあげた。
「ルークと昼食の約束をしていたんです。ごめんなさい、先輩!私行きますね!」
おろおろとするルークを思い浮かべたのは恐らくふたり同時。苦笑しつつ、走り去るティアを見ていたジェイドも騒がしい連中のもとへ戻ろうと踵を返すと、遠くから「先輩!」と呼ぶ声が聞こえる。どうしたのかと足を止めて振り返れば、校舎の陰に隠れる寸前の場所からティアが手を振っているのが見えた。
「『次』は私も先輩のお手伝いしますから!きっと私の歌はお役に立てます!」
前回はその『歌』で窮地に追い込まれたあの攻防戦を思い出したジェイドは、二度あんな事があっては敵わないと困ったように表情を歪ませたが、勢いよく手を振り続けるティアの言葉は暖かく、謝礼の代わりに深く頭を下げた。


それでも今の私では貴女を受け入れる事はまだできない。もう少し、人々を信じられるようになったら、その時は――…。


それから本当に中等部へと去っていったティアを見送り、一息吐いたジェイドは結局心配性な追っ手四人にこっぴどく説教を受ける事になるのだった。



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