新帝国建立祭

□春の戯れ
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何はともあれ、アニスとティアの案内で花見の会場へと辿り着いた。見渡す限りの桜の木々は皆薄桃色の花が咲き誇っている。その一角にシートが敷かれ、アッシュとナタリアがいた。
「ふん、漸くついたの…」
「アッシュ!陛下が、陛下が陽気で〜っ!」
「は!?なんだいきなり!じゃなくて離れてわけを話せ!」
アッシュが悪態を吐く前にその姿を目にしたルークが飛び付き、泣きつく。取り敢えずいきなり泣きつかれても困るアッシュは、なるべく落ち着かせるようにときつい口調ながらルークを宥める事になった。

「拾い食いでもしたんじゃないのか」
「まあ!皇帝陛下ともあろう方がそれではいけませんわ!」
シートの上に各自座り、華やかな料理や酒が並べられ、本格的に花見が開始されたのはいいが、話題はやはりそこだった。
「待て待て。アッシュにナタリア姫まで俺をなんだと思ってる?しかも拾い食いって俺はどんだけひもじい子だ?」
まず、前提としてひもじい子は並べられている料理を静かに嗜み、味わうなんて事はできないだろう。さすがのピオニーも今回ばかりは普通にショックを受けているらしく、いつもより大人しい。なんと言っても、ガイやルークもフォローに入ってはくれないし、最愛の懐刀はくすくすと笑っているだけ。大体の場合が味方のアニスでさえ、あはは〜…、と困ったように笑う。折角の満開の桜の木の下で、若干皇帝はご機嫌斜めだ。

そうしながらもわいわいと最近の出来事を話したりで賑やかな席は進む。
「……やれやれ、いくら俺でも叩き込まれた礼儀作法を忘れたりはしないがな」
盃に満たされた酒を呷りながら、未だにピオニーは不貞腐れている。側で酌をしていたジェイドは相変わらず楽し気な笑いを零す。
「そう思われたくなければ普段の態度を改める事ですよ、陛下」
ただの言葉の受け答えだったのだが、ふとある事に気付き、ピオニーはむっと表情を歪めた。
「ジェイド、敬語も敬称もやめないと仕事を放棄してやるって言った筈だが?」
まるで子供のような駄々のこね方に、ジェイドは呆れたようにため息を零す。
「そんな言い分が通るわけないでしょう?」
いくら皇帝といえど、と付け加えようとして、ふとジェイドの視界に入るそれ。珍しく子供のように無邪気な笑みを浮かべながら、ジェイドはアニスを呼ぶ。
「なんですか、大佐〜」
「ええ、これなのですが…数本戴いても?」
これ、と指を差したのは大人へ配られている酒瓶のキープ。
「ほえ?いいですけど、何するんですかぁ?」
「それはですねぇ…」
許可が出た為、段ボールの中から数本の瓶を取り出したジェイドはそれを自分の前とピオニーの前へ置いた。そして、ピオニーを向き、にっと口元に弧を描いたジェイドが言わんとしている事を理解したピオニーは同じように笑みを浮かべた。
「呑み比べ、ですよ。一勝負しましょうか、『陛下』」
「いいぜ、負けんからな」
すっかりやる気満々な最年長二名に、呆れる者もいるが、そんな中、アニスだけは、きゅぴーんと頭の上に電球マークを浮かべた。
「ちゅうもーく!!」
「?」
突如叫んだアニスへ全員の視線が行く。皆の視線の先のアニスは、酒瓶を手に、高らかに宣言する。
「陛下と大佐だけじゃなくて皆で呑み比べしよう!ちなみに導師権限で拒否権ナーシ!」
取り敢えず未成年を諌めるガイや、ティアの意見は即アニスの(無茶苦茶な)権限で無視された。どうして全うな意見は通らないのだろう、とこの面子を前には愚問でしかない。
そんなこんなで、全員が一升瓶程度の酒瓶を傍らに置き、呑み比べと言う名の悪酔い人間増殖祭が始まった。勿論、人により強い弱いはあり、ルークなんかは一口でダウンしてしまった。ちなみにアルコール度数は15%。普通なら、これだけ若い人間ばかり、一瓶空ける事すら困難だろう。
「花見酒〜、花見酒〜♪」
そんな予想に反して、周囲で潰れるルーク、ティア、ナタリアをよそに、アニスはご機嫌に杯を空ける。
「あ…アニス?無茶は、するなよ?」
思わずガイですらその呑みっぷりには顔を青ざめさせた。
「うん!いい呑みっぷりじゃないか、アニス!もっといけ〜!」
「えへへ〜…言われなくてもまだまだいきますよぅ!へーかももーっと呑んでくださいね♪」
ガイの心配などお構い無しにピオニーはアニスの豪快さを褒め称え、アニスはアニスで既に自我があるのかも怪しくなりつつある。そんな状態で、やや呻き声のような低い声がする。
「俺は…俺はまだ呑める…。この、程度………」
ぎっと酒の満たされた杯を睨み付けていたアッシュも、無惨に落ちた。
「…ふむ、これでは時間の問題、ですかね」
一人一人脱落していく様子を平然と見ながら、優雅に杯を傾けるジェイドはいつもと変わらない表情のまま更なる瓶に手を伸ばしている。

更に経過。
「も〜、ガイってば、だらしな〜い!」
空になった一本の瓶をブン回しながら、まるで屍のように動かなくなったガイへ渇を入れる。未成年ながら酒の強さは素晴らしい導師。けれど、急にピタッと動かなくなると、へらりと笑いながら体を傾けた。
「ぅあ〜…ぐるぐるだよぅ」
パタ、とシートの上に新たな屍ができると、その場で未だに残り続けているのはピオニーとジェイドの二人だけになった。
「やれやれ…起きるまで待つしかないですねぇ」
そう言うジェイドの言葉ははっきりとしているし、
「運ぼうにもこの人数はな」
と返すピオニーも常と変わりはない。その傍らには両手程の空瓶があるのだけれど。
「にしても、珍しいじゃないか。お前が勝負事を持ちかけるなんて」
「それは…」
ピオニーの台詞に直ぐ様返そうとして、それを飲み込んだ。
「それは?」
ぐいっとまだ杯を空けながら尋ねるピオニーへ、ジェイドはにやりと笑んだ。
「アニスなら乗ってくると思ったからだ」
「…!?」
突然変わった口調にピオニーは手にした杯を落とした。空であった為、被害は皆無だが、尚もピオニーはジェイドを凝視している。が、すぐに乾いた声を漏らした。
「ははっ、この確信犯め」
「これでいいのだろう?ピオニー」
「…ああ。俺の敗けだ」



それから目覚めた面々が頭痛や吐き気に苦しんだのは、言うまでもない事。


それは麗かな春の戯れ―…




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