新帝国建立祭

□春の戯れ
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ひらひらと薄い桃色の花びらが舞い散る。世界中に姿を見せるそれは、春であると知らせる桜の木だった。

本日、晴天。
マルクト軍艦、タルタロスは帝都を離れ、遥か西にあるパダミヤ大陸を目指していた。
「しっかし、ルグニカ大陸を離れられるってのは新鮮だなぁ!」
甲板で潮風に当たりながら楽しそうにしているのは、マルクト帝国皇帝その人。傍らにいるルークも満更でもなさそうにしている。
タルタロスの中には、珍しく舵の前ではなく一つの操縦席に座るジェイドと、助手席に座るガイがいる。
「全く…」
航路と安全を確認しながら、ジェイドはとても深くため息を吐いた。それは、こうして離れた大陸へ向かわなければならない元凶に対してでもあり、それを承諾した皇帝に対してでもあり、素直に許可を出した帝都のお偉方にでもありと全てに不満なのだ。そんなジェイドの心中を察するガイは特に変化を見せる事もないモニターを眺めたまま、まぁまぁと宥めるよう声をかけた。
「たまには一個人として遊びに出掛けるってのもいいじゃないか。それにルークも久しぶりにティアに会う事になる。ルークの為とでも思ってくれよ」
ガイの言葉に、更なる文句を防がれたジェイドは無言で肩を落とすと、直ぐ様ガイへ屈託のない微笑み(悪魔の微笑とも言う)を向けた。
「あの面子が揃うと、とんでもない事になると知るガイが[そこまで]言うのでしたら仕方ありませんね。何かあっても責任はとってくれるのでしょうし、[ガイ]が」
やたらと所々の言葉を強調する辺り、微笑むジェイドの機嫌の悪さが計れるような気がした。けれどガイは考える。何故、『そこまで』ジェイドの機嫌が悪いのか。今回ダアトのアニスからグランコクマのピオニーへ届いた手紙の内容は確かこうだ。

【親愛なるピオニー様
桜も見事に咲き誇る季節になりました。突然ですが、暖かなダアトの桜はとても綺麗です。お花見の場所を確保しましたので是非、皆さんで遊びに来てください。もちろん、国際問題ではないのでピオニー様個人として♪ですよ 導師アニス】

その手紙を開いた時は呆れながらも、議会が了承するなら構わないと言っていた筈だ。
では、何故?
ガイの疑問は深まるばかり。じっとモニターを見ているジェイドへ視線を移すと尋ねる。
「ご機嫌よろしくないみたいだけど、旦那、実は花見とか嫌いなのかい」
ガイの質問には即座に首を横に振る。
「まさか。寧ろ、お気楽な貴族達が催す無駄金パーティに比べたら余程有意義で好ましいですよ」
ジェイドのストレートな答えにガイは思わず乾いた笑いを零す事になる。あんたも名家の当主だろ、などと言った日には槍が飛ぶか、術が飛ぶか…。
少しの間沈黙が流れる。その沈黙を先に破ったのはジェイドのため息だった。
「困ったものですよ。あの馬鹿なんと言ったと思います?」
「…なんて言ったんだい?」
聞き返しながら、やはりガイは心中で苦い笑いを零した。主を馬鹿と呼ぶジェイドに対してと、馬鹿で主の事だとわかってしまった自分に。
「俺は今回皇帝じゃなくて個人で遊びに行くんだ。陛下と呼んだり、後は敬語もやめろ。頼みを聞かないならグレて仕事を放棄してやる。と言い出したのですよ」
全くどこの聞き分けのない子供ですか、とぼやくジェイドにはガイも同意した。そんな事を帝都の大臣達の前で言えば数時間は説教を受けるだろう。けれど、甲板を映すモニターの中、ルークと楽し気に騒いでいるピオニーを見ながらガイは小さく呟いた。
「あの人には重要なんだろうなぁ。言葉一つとっても」
それも、あんたの。と続け、悪戯染みた笑みを浮かべれば、ジェイドは顔を逸らし、眼鏡へ手を置いた。
「馬鹿を言いなさい…」
それが照れているのだとわかっているガイは、特に言葉を続けるわけではなく、ただ微笑ましげに笑いを零す。
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