雛見沢決戦編


□拾弍
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♢窮地♢
打ち破らなければならない壁











目の前で起きた閃光と爆音に意識が飛んだ。
はっきり意識が戻った時、ボクは雛見沢の空の下にいた。
生憎の曇天。雨が降り出すのだろうか。
誰かが泣いて悲しい想いをする、そんな雨が降るのだろうか。

誰も悲しまずに済めばいいのに。
悲しい出来事など起きなければいいのに。
泣かないで、笑っていて欲しい。
涙を拭い、罪を嘆く誰かをボクは許してあげたいと思ったんだ─────




はっとなって辺りを見回す。
ボクは園崎家の隠し井戸で詩音と葛西と共に殿をしていて、それから………
どのくらい気絶していたのだろうか。









「お目覚めですねん?」



「っ!?………久しぶりだね、小此木」









体を起き上げようとしたボクの目の前に何とも意地悪な、勝ち誇ったような笑みを浮かべる小此木が立っていた。









「いやぁ、雛三沢に帰って来られていることは鷹野三佐や富竹二尉から伺っていましたよ。挨拶が遅れてしまってすいやせんねぇ」




「……………」




「雛三沢に帰郷しているはずの貴女が、梨花さんと一緒に姿が見えないってんで三佐は痛く心配なさってますよ」









世間話を話し出す小此木は、その様子こそふざけて無気力に見えるものの、全く隙がない。

何を考えているのか読めない、食えないこの男のことを、ボクはあまり嫌いではなかった。
彼は山狗と言うひとつの部隊を率いる長で、その統率力、思考は魅音に引けを取らない策士の存在だとボクは評価している。
親しみは持てないにしても、少しの敬意は持ち合わせているのだ。今こうして戦う相手にならなければどんなに良かったことだろうか。









「もうすぐ梨花さんも隠れんぼを終わりにしてこちらに来ますんで、蒼唯さんにも三佐の所まで御同行願いますわ」




「……………断ったら?」




「そりゃ困りますねぇ。でも、蒼唯さんは聡明ですんで、そんなことしたりせんでしょう?」









嫌な言い方だ。恐らく地下の方にはまだ山狗の人間が何人か残っている。梨花がこちらに来ても、まだ入江の身柄を確保する必要もある。それに、山狗は目撃者を生かしたままにはしない。
小此木はみんなを人質にボクが必ず従うことを確信している。自分達の勝利を確信しているんだ。




ここで、全てが終わってしまう?
世界が最悪の結末を迎えてしまうの?
ボクたちが負ける?

そんなの、お前達が決めることじゃない。
ボクや梨花が山狗に捕まっただけのことで、全ての希望が潰えるはずがない。
まだ何も終わっていない。
勝者が決まったわけじゃない。
ボクは、静かに笑みを浮かべた。









「っ!!何が、可笑しいんです………?」




「小此木、勝負とは最後までどう転ぶかわからないものだよ。これはただのあなた達からの反撃で、それで終わりじゃない」









何度続くわからない攻防の果てに、どちらが勝利を、未来を掴むのか。
それは神のみぞ知る。









「ボクたちはまだ、負けたわけじゃない」




「……………そうですかい」









小此木はボクを嘲笑おうとはしなかった。
無駄な足掻きだと、小さな抵抗だと、決してボクらを過小な存在であると甘く見ることなく、対等に戦う相手だと認識している。
小此木は何も言わず、しばらくの間ボクと向き合っていた。

ボクの覚悟を感じている。受け止めている。
彼はまた、自らが持ち得る全力でボクたちに向かって来るだろう。
それは山狗部隊の隊長としてではなく、小此木個人の覚悟であるとボクには思えた。









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