罪滅しの物語


□拾肆
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――――――――――

……………っ、蒼唯…、………蒼唯!!』











何度も呼ばれていた。
意識が、ようやくはっきりと。
水の底からゆっくりと水面に浮き上がるような感覚。

目を開ければ、そこは雛見沢の古手神社だった。
人の姿はない。
昼間の賑やかさもどこにもなく、辺りは夜の帳に静まり返っている。



羽入が心配そうにボクの顔を覗き込んでいた。
ボクは自分の体が羽入と同じようにうっすらと透けていることを確認し、神社の境内を見つめる。










「帰って、来た…」











そんなに長い時間は経っていないはずなのに、ずっと昔のことに感じる。

ボクは、ここにいた。



そんなに長い時間は意識が保てない。
やるべきことをしなければ。

ボクは羽入に向き直る。








「羽入、梨花は?」



『あぅ…、あぅあぅ、多分別宅の方なのです』










誰とも話せないし、何にも触れられない。
こんな非力なボクでも、できることはある。



古手神社の裏、ずっと長い間過ごしてきた神社の物置小屋でもあるあの家を目指す。

縁側の窓が開いていて。
ふんわりとその窓から中へと入れば、沙緒子はもう寝ていた。
相変わらず、可愛らしい寝顔だな。

そして。
入ってきた縁側に座り、梨花は少し頬を赤らめて紫色の飲み物を仰ぎ飲んでいた。










「変わりないようで、安心したのです」



「それで、カケラとやらは見つかったの?蒼唯」








もう【この世界】を諦めている目だ。
本当は誰よりも、梨花自身が一番【この世界】に執着しているのに。

ボクは梨花と真っ正直に向き合う。










「梨花…、運命を変えるために、行動しないのですか?【違う世界】の貴女は………」「ほころびが生じる度に、何度も直そうとしてきた。でもね、疲れちゃったの」









ボクの言葉なんてお見通しだったのだろう。
梨花は間をあけることなく言葉を遮ってくる。
自嘲した笑みを浮かべる梨花に、ボクは悲しくなって。
でも、今はそれを悲しんでいる時間じゃない。










「梨花…、沙都子の予備の薬を持ってレナの所へ行ってください」










過去に雛見沢症候群が発症した、沙緒子のために入江がくれた予備の薬。

それをレナに投与することが出来たなら、まだ間に合うかもしれない。
【この世界】の綻びを直せるかもしれない。



梨花はやはり投げやりな様子で、何を言うのだろうとでも言うような目でボクを見ている。
逆の立場であれば、ボクも同じだろう。
それでも。







「疑心暗鬼の今のレナにはこの注射器は、明らかに怪しい代物でしょうね」



「それでも、1%の可能性を、梨花は捨ててしまうのですか?」



「……………………貴女、変わったわ」








そう。
ボクは変わった。
今、変わろうとしている。

でも、ボクはボクだ。
それだけは、変わらない。



以前にも同じようなやり取りをしたことがあっただろうか。

ふとした既視感。
ボクは必死な梨花を、今の梨花と同じように、冷ややかに見ていたかもしれない。

梨花はボクの視線に堪えきれず、吹き出すように笑みを浮かべ、立ち上がった。








「貴女の思い通りになるわけじゃないわ。コレは私の意思。それを誤解しないで」



「梨花が自分の意思で行動してくれるのならば、それはボクにとって嬉しいことなのです」










一人に堪えきれず、自ら命を絶った【世界】もあったかもしれない。
全てを諦めて、何の努力もせずに。
簡単に【世界】を投げ出した。

それでも、ただ少しでも抗おうとする意思があるのならば。











「梨花、ボクは貴女に運命に立ち向かう力がないとは思わない。ヒトは運命を覆す力を、必ず持っているのだから」










無力なヒトなどいない。
ヒトは目に見えない力を持っている。

それを知らないだけ、使わないだけで。



ヒトは強い。
しかし、だからこそ力の使い方を、間違えてはいけない。

間違った使い方は、力の身を守る武器から他人を傷つける凶器に変わる。
ヒトはそれを知らなければならない。















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