罪滅しの物語


□拾肆
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◇嘆声◇
深い悲しみ、小さな憤り















学校を飛び出して、とにかく走った。
誰にも逢いたくなかった。
誰にも、情けない自分を見られたくなかった。



集合住宅にある一室。
備え付けの家具以外何もない殺風景な部屋には、雛見沢から持って来た唯一の荷物である旅行鞄が無造作に置いてある。

部屋の壁に身を預け、ずるずると体が崩れていく。
涙が、止まらない。

悲しかったし、悔しかった。
自分が情けなかった。








「馬鹿みたい…、です」








心のどこかで、彼等の優しさに甘えていた。
ボクが一緒にいたせいで、彼等は怖い思いをする羽目になってしまった。

悪いことを、してしまった。



ごめんなさい、ごめんなさい。

ずっと謝り続けた。
こんな言葉で許されない。
だけど、謝らずにはいられない。





窓の外が青空から橙色へ、気が付けば橙色から闇夜へと変わっていた。
部屋の隅にはいつからいたのか羽入がいた。









『落ち着きましたですか………?』











羽入を責めても、仕方ない。
こうして優しく声を掛けてくれる羽入に悪意も何もないのだから。

羽入に責任を押し付けることはお門違い。
羽入側の気持ちだって、ボクにはよくわかっているのだから。








「何か、あったのですね………?」








羽入は「あぅあぅ…」と、今にも泣き出しそうな顔をしている。

ボクが弱くなっている間に、迷っている間に。
雛見沢で、レナに何かあったのだろう。

綿流しの祭りが終わり、翌日には富竹や鷹野の死が知らされていた。
それから関連して起こりうることは、簡単に想像できる。










『レナが、発症したのです………』



「そう…、そんな予感はしていたよ。もしも圭一がいなければ、もっと酷い状態になっていたかもしれない。ここまで【世界】が保たれていたことも、圭一にお陰に違いないのです」








あの夕暮れのだむ現場で、みんなが罪を許し合った。
そんなこと、今までの【世界】の中で一度としてなかった。
あんな、仲間が結束し合うこと………

【この世界】には、可能性が、希望が残っている。
まだ、終わりじゃないんだ。
レナが雛見沢症候群に発症してしまった、まだそれだけのこと。
【世界】が終わりに向かって舵を切っただけで、船はまだ沈んでいない。
引き返せる。



ボクは、ボクにできる最良を探す。
船の航路にある氷山を打ち砕いて路を作る。
道標を明るく照らす。

そのためにも。
ボクは羽入と向き合う。








「羽入…、ボクの心を、雛見沢に連れて行って」



『あぅ!あぅあぅあぅあぅ…、あ、あの方法は、蒼唯の身体に負担をかけてしまうのです…。今ならまだ、本当に帰ることだって、間に合うはずなのです…!』



「今…、今ある雛見沢を、視ておきたいのです。ボクがしなければならないことを、見つめ直すためにも。帰ると言う選択も…、本当に必要ならば、選ぶのです」








何度も【世界】を繰り返す中で、傍観者として過ごしてきた時間の中で見付けてしまった世界を見渡す方法。



離れた場所でも、羽入がいてくれれば、その光景を見るためにボクは自分の意識を肉体から切り離し、その場にいることができた。

でも、それはただの意識、心に過ぎないもので。
体≠ヘ、誰にも見えないし、誰にも触れられない。
羽入と同じように、ただそこで視ていることしかできない。

それが心を空っぽに肉体を放置し、精神的に辛いものとなろうとも。
羽入が心配してくれるのは嬉しいが、自分の目で確かめたい。
遠くから見ていることしか出来ないのは、もう嫌だ。








「行こう、雛見沢へ─────








もう、何も出来ないふりをするのは嫌だ。
ボクは行動出来る。
ただ、やらなかっただけ。

羽入の手を取り、静かに意識を暗闇の中へと沈めていく。
肉体はただの器に過ぎない。
ボクの心は、意識は別の場所に。

雛見沢へ。















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