事務所のドアをガチャリと開けると、そこにはデスクへ向かうアイツの姿。

「ちゃむ…?」

そっと呼びかけてみるとパソコンを睨んでいた顔が、のっそり上がる。
その顔は、明らかに不機嫌で…。

「なんてカオしてんべ」

てくてくと近づいていくと、「…何の用だ」と小さな声で返された。

「用がなくちゃ来ちゃいけないんか?」

にへっと笑って、ちゃむが仕事をしている机によっこいっしょと腰掛ける。

「行儀が悪い」
「いーのいーの♪」

ちゃむは、フンと溜め息をつき、またパソコンとの睨めっこを再開した。

カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ…………………………………………。

無機質な部屋に無機質な音だけが響く。

カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ…………………………………………。

それは何だか悲しくなるような音で。

「…ちゃむ?」
「だから、何か用かと訊いている」

修司の一件からちゃむはずっと痛々しい顔をしている。
している…というか、まとっている空気が張り詰めすぎていて、ちょっとした拍子にブツンと切れてしまうような。
そんな危うさをはらんでいる。

「痛い時は、痛いって言っていいんだべ…?」

だからなのだろう。
不意に口をついて出た言葉が、これだった。

「……」

ちゃむは俺を見たまま動かない。
きっと呆れてるんだと思った。
でもしかし、その予想は外れだった。

「……」

漆黒の瞳が、僅かにだが、濡れていた。
その濡れた瞳で真っ直ぐに俺を見つめる。
下手したらその場で崩れてしまうのではないかという、脆そうな空気をまとって。
あぁ、コイツは……。

「判ってるよ、治…。世界のすべてがお前を非難しても、俺だけは、ずっとお前の傍にいてやんよ。だから…」
「……」
「だから、泣けよ」

修司の死も、俺たちの未来も、何もかもを独りで背負い込んできたんだ。この小さな華奢な背中で…。
なに独りですべて抱え込もうとしてんだべ。
その背中に背負いきれないモノは、俺が全部包み込んでやるよ。

「お前には俺がいるじゃんか」

細い背中に、そっと手をまわす。
そして、慎重な手つきで顔を抱き寄せた。
そっと、そっと…。
壊さないように、包み込む…。
お前のすべてを…。

「龍…」

胸の中で治が俺の名を呼ぶのが判った。
治の肩が微かに震えている。

「龍…、龍…っ」

治の手が、俺の服を掴む。
すがりつく治の背中を、俺は優しく抱きしめた。






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