WILD ADAPTER

□見ている世界。
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「…何してんだ、久保ちゃん」
そう言って俺は、くわえていたアイスを口から離した。
目の前には、何故か壁に沿って逆立ちをしている久保ちゃんの姿。
俺の問いは的を射ていた。
しかし久保ちゃんはいつもの飄々とした調子で口を開く。
「あぁ。訓練…ってヤツ? ほら、日頃何かと危ない目に遭うじゃない」
だから、と、何を考えているのか解らない表情で言われると、何故か本当にその様な気になる気もしてきて…。
物騒だな…、とひとりごちている俺をよそに、久保ちゃんは馴れた動作で足を下ろし、かけていた眼鏡のレンズをくいっと直す。
「はい、おしまい」
正位置に戻った久保ちゃんの眼鏡の奥を見ても、やはり何を考えているのかは解らなくて…。
でも…。もしかしたら、久保ちゃんと同じ目線になったら何か解るんじゃないか。
俺の中で淡い期待が生まれた。
だから、
「…俺もやるっ!!」
と手に持っていた残りのアイスを口の中に放り込んで高らかと宣言してみた。
その時の久保ちゃんの顔は忘れない。
ちょっとビックリしたような眼鏡の奥の瞳。
久保ちゃんの見ている世界を俺も見たい。…いつも一緒にいるヤツの事だから、尚更。
アイスの棒を久保ちゃんに押しつけ、俺は床に両手をついた。
ひんやりと冷たい床の感じは、どことなく久保ちゃんと似通ったところがあるな、などと埒のない事を考えながら、勢い良く床を蹴り上げる。
瞬間、ぐわっと世界が反転し、まず視界に入ったのが、久保ちゃんの足だった…。
そうか。これが久保ちゃんの見ていた世界だったのか。
「どう? 何か見えた?」
「…大して変わんねー…」
ざっくり意見を述べれば、気配で久保ちゃんの笑ったのが解った。
そうか。久保ちゃんも俺とかわらない世界を見てるんだな…。
時々、俺とは違う世界にいるみたいに見えたから、本当は少し怖かったんだ。
だけど、ちゃんと久保ちゃんも俺も同じ世界で生きてるんだ。…ちょっと安心した。


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